レビュー:劇場版 ラブライブ! The School Idol Movie 感想

※10/17追記
熊谷イオンで9月末から上映があったので、10月頭にもう1回見てきました。計4回観ました。
(既に熊谷イオンでの上映は終了しています。)
何度も観る内に色々とまた思うところもあり、若干追記しました。もう少し追記修正したいのですが、結構な量を修正しないといけないのでまたおいおいやります。

ブルーレイの予約が始まりましたね。

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TVシリーズの感想をブログに書いていないため、TVシリーズについて
どう思っているかも書いているのでちょっと長いです。

「蛇足」にならないかが不安でしたが・・・

劇場公開を楽しみに待ってはいましたが、不安だったのが「蛇足」にならないか。

TVシリーズ第2期は「時間の無情さ」が主題とでも言っていいでしょうか?
3年生が卒業したらこの9人でライブを行う事は出来ない・残されたチャンスはあと1回しかない、というところから話が始まり、3年生の卒業を持ってμ’sとしての活動を終わりにする事を決め、
第2回ラブライブで優勝するももはやそれはどうでもよく、卒業式の日にこれまで「当たり前の毎日」だったμ’sとしての9人での日々に思いを馳せ、別れを告げる。
この第2期のストーリーが私は1期以上に心に響きましたし、これだけ人気のあるコンテンツとなったにも関わらず主人公達のグループの解散という形できちんと終わらせてしまうという部分に非常に「潔いな」と思っていました。
まあ最後にかよちんのスマホに何か知らせが届いて、また部室に駆けていくという場面があって「まだ完全に終わりではない」という風にはなっていましたけど、いうなれば12話が「ラストライブ」だったはずがラストじゃなくなってしまうわけで、感動的だった最後をぶち壊しにしてしまわないか不安でしたね。

で、劇場版を観てみての感想ですが、蛇足にはならなかった、かな。
「μ’sを終わりにするか否か」という選択が物語の主軸になるのは、またそれを蒸し返すのか?という感が無かったわけではないですが、それを差し引いても全体のプロットは良かったと思います。
でも肝心の決断にいたる部分がどうにもよく分からない。
まあそれでも・・決断から映画の終わりまでは良かった。やっぱり劇場のスクリーンでライブシーンは迫力がある。
劇場版を観ずにTVシリーズ2期までで終わりという事にしてしまっても問題はないです。でもラブライブが好きなら、観た方が良いかな、と私は思います。

唐突な存在「女性シンガー」は未来の穂乃果だと思います

劇場版ラブライブで物議を醸しているのはやっぱりあの「女性シンガー」というキャラクター。このキャラが何者かのかは色々と意見があるとは思うのですが、いずれにしても良くないと思うのがオカルトじみた・ファンタジーじみた存在だという事。
他のμ’sのメンバーには見えていなかったという事から、あれは「この世ならざるもの」というか。
今までのラブライブTVシリーズではそういうものは一切出てきていなかったので、劇場版でこんなキャラが出てくるのは唐突で納得いかない感があります。

あのシンガーは未来の穂乃果と考えて良いと思います。穂乃果が幼い頃に水溜りを頑張って飛び越えた事を知っているので。あと「ごめーん」の言い方が同じですし、目の色も同じ。

あの人物をどう感じるかは人それぞれだと思います。未来の穂乃果に何故か会ったと感じる人もいれば、たまたま穂乃果と同じような境遇を経てきた人物と出合っただけと考える人もいるでしょう。ただいずれにしてもこの人物に穂乃果が自分の未来・進むべき道を見ていたのは間違いないと思います。

※追記 日本で会ったのはただの夢?

劇中穂乃果はこのシンガーと、アメリカで電車を乗り間違えて迷子になった時と、日本に帰って来て「μ’sを続けるか否か」で悩んでいる時の2回会っていますが、2回目は例の固有結界の中で水溜りを飛び越えた所でベッドの上で目を覚まします。
つまり2回目に出会ったのは全て夢だという可能性もあります。どこまでが現実でどこからが夢なのか分からない。
仮に夢だったとして、
「オカルトじみた存在だから夢の中にまで出てきて穂乃果を導いた」
なのか
「別にオカルトじみた存在ではないけれど、穂乃果はこの人に自分の未来を重ねていたからこそ、夢に出てきてしまった」
なのか、この辺も解釈が別れるところでしょうか。

唐突だけど私は好意的な印象でした・・・初回観賞時は

初回の映画観賞時、こんなオカルトじみたキャラが出てくる事に面食らいましたけど、私はこのキャラをそんなに否定的ではありませんでした。

ちょっと話が一度脱線します。
TVシリーズはメタ演出というか、現実とオーバーラップを感じる部分がありました。1期3話での誰もいない講堂でのファーストライブは、ラブライブというコンテンツはファーストシングルの売り上げが500枚弱しかなかったという現実と重なります。
2期12話でラブライブ出場を果たすのはこれだけの人気コンテンツになったという現実と重なりますし、そこで歌われる「KiRa-KiRa Sensation」の歌詞は、現実のファンへのメッセージでもあると思います。
そしてμ’sとしての毎日に別れを告げるところは、終わりを迎えるアニメを観ているファンの気持ちとも重なる。
考えすぎかも知れませんが、こんな風に私は思っています。

で、劇場版。
映画中盤でμ’sの9人が困惑する場面、そしてその後に迫られる決断は「ラブライブ!」というコンテンツが今おかれている状況。コンテンツの製作者が今おかれている状況だと思います。
予想外に大人気になってしまったけどどうしよう、と。
で、映画でμ’sの物語は終わる・アニメ「ラブライブ!」は終わるわけですが、あの女性シンガーはここで解散しなかった場合のμ’sの未来、そして今アニメ「ラブライブ!」が終わるべき理由を示唆していると思いました。

以下、私の想像ですが・・・・

μ’sがここで解散しなかったとしても、いつかは解散する時が来ます。まず単純に、いつまでも人気を保つ事は出来ないだろうという事。
もう一つは、各人の状況の変化ですね。あの9人は全員が同じ学校に通う高校生。だから毎日顔を会わせられるし、同じ時間に集まって活動出来る。しかし3年生が卒業したらどうなるでしょう?
にこ、絵里、希の進路について劇中で全く言及されていませんけど、進学するにしても就職するにしても今まで通りの頻度で一緒に練習は出来ない。
もちろんさらに1年後には穂乃果達も卒業するし、その1年後には花陽達も。時間が経つにつれて集まるのがより難しくなる。そうなると今まで通りのクオリティでライブを行うのは無理かもしれない。
さらに大きな問題になるのは海未と真姫。
海未は家の日舞の後を継ぐことが決まっているわけです。日舞をやる人がどんな学歴を経るものかは知りませんが、後を継ぐ時点でμ’sとしての活動は難しくなりそう。
真姫もそう。医者になって家の病院を継ぐ事が決まっている。受験が近くなればさすがに作曲どころではなくなるでしょう。

作詞や作曲が出来るメンバーがいなくなったら、新曲を作るのはもう無理かもしれない。そうなったらμ’sの人気にも響いてくる。
あるいは他のメンバーが作曲や作詞をやるとしても今までのクオリティは保てなさそうですし、急に作詞や作曲をやる事になったら今までよりも負担が増える。そうなると今までの感覚では出来ない。負担が大きくなってアイドルを続ける事に嫌気が差したり、メンバー同士でもめたりもするかも。あと単純に、ずーっと全員がアイドルに対して情熱を持ち続けられるか、というのもありますよね。学生時代は好きだったものに対して、大人になったらそこまで情熱を持てないなんて事はある。
そうやってやりたくなくなって離脱した場合、おそらくそのメンバーとは完全に縁が切れてしまうでしょう。そうやってμ’sが無くなった先にあるのがあの女性シンガーとなった穂乃果なんじゃないかと。
・・・とまあイヤな想像ですが、
やっぱりあの9人は『今ここで出会えた奇跡』であり、『限られた時間』なんだと思います。

で、「ラブライブ!」というアニメについても同じ事が言えると思います。まあ中の人の都合までは分かりませんけど、いつかは人気は下火になって消えていく。「もうオワコンだろ」なんて思われるような醜態をさらすのではなく、人気が高い内に惜しまれながら美しく終わる。そうあるべきだというメッセージじゃないかと私は思ったのです。
先ほど書いたようにTVシリーズの時から現実とのオーバーラップという部分が好きでしたし、人気がありながらアニメ2期で3年生卒業をもってμ’s解散という形で完結させた潔さも好きでした。
だからこの女性シンガーの存在が持つメッセージにグっと来ました。・・・・初回観賞時には。

ところが結構記憶違いがありまして、もう1回映画を見た時に前項で書いたメッセージ性というのは私の思い違いかな、と思いました。
まずこの女性シンガー、そんなに悲観的な感じじゃないんですよね。穂乃果に「飛べるよ、あの日みたいに」と言う時に何だか「今の私は飛べないけど」、みたいなニュアンスを感じていたのですが、どうもそれは記憶違い。再度映画を観たところそんな雰囲気ではなかった。
路上シンガーなんてアイドルに比べたら日陰者のような気がしますけど、でもそんな人生を楽しんでいる感じすらする。だから別に暗い未来を示しているというわけでもなさそう。
という事で前項で書いた事は思い違い。ただの妄想でした、たぶん(笑)

μ’sがここで終わる理由は「続けても楽しく出来ないから」

初回視聴時は後述の「スクールアイドルとして云々」に面食らってしまい、あの女性シンガーの固有結界で何で答えを得たのかよく分からずにモヤっとしたのですが、見直して答えが分かったような気がします。

その後のモノローグで「最高に楽しかったから」と穂乃果が言っているので、「本当に続けるべきか?という疑問を持ったまま続けても楽しく出来ないから」というのが理由ではないでしょうか。
μ’sがここまで来れたのは、「やりたい」という気持ちがあったから・最高に楽しかったから。
幼少の穂乃果が水溜りを飛び越えようとしたのも「やりたい」と思ったから。そして急に鼻歌が聞こえてきて見事に飛べたのは「楽しんで臨んだら飛べた」という事じゃないですかね。μ’sの成功も、水溜りを飛べたのも原動力は同じ。
あの固有結界の中女性シンガーが水溜りを飛ばせたのは、幼少の頃の記憶から、なぜμ’sをやってこれたのか?を気付かせたという事でしょう。亜里沙にも「μ’sにはいつも楽しくいて欲しいです」って言われてましたし。

自分と向き合って、自分に自身を持てた

そして「水溜りを飛ぶ」という事は「成功する・成し遂げる」という事の象徴。SUNNY DAY SONGのライブに向かう途中で花びらを見て穂乃果が心でつぶやく「いつだって飛べる、あの時みたいに」というのは、
「やりたいと心から思うものに打ち込めば、最高に楽しいと思えるものに打ち込めば成功出来る」という事。
だからμ’sが終わっても、この先またやりたいと思えるものに打ち込めば、また「最高に楽しい」し、何かを成し遂げられる。
μ’sが終わる事に、やっぱり穂乃果は喪失感というか未来への不安みたいなものを持っていたのでしょう。だから女性シンガーが自身の過去について話していた時に「それから、どうしたんですか・・?!」と真剣な顔で尋ねていた。その不安は、水溜りを飛ぶ事で払拭されたのでしょう。

女性シンガーの意味は「答えを出せるのは自分しかいない」という事?

これは考えすぎかもしれませんが、あの女性シンガーの存在って
「迷った時、人は誰かに答えを求めようとしがちだが、でも答えを出せるのは自分しかいない」
という意味だと感じます。
だから未来の穂乃果のようであり、そうではないような・・・という感じなんじゃないかと。

何で急に「スクールアイドル」にこだわるのか?

やっぱりμ’sを終わりにすると決断する辺りは分かったような気が擦るのですが、でもやっぱり
穂乃果が「スクールアイドルが好きだから、最後までスクールアイドルとして終わりにする」と言うのが分からない。
絵里から「にこと希と3人で話し合ったけど、やっぱりμ’sはスクールアイドルとして終わるべき」みたいな連絡がありましたが、まずこの時点で分からない。何で急にスクールアイドル云々という話が絵里達から出てくるのか。
TVシリーズの時点でスクールアイドルというものに何かこだわりがある描写があるなら分かるのですが、そんなものありませんでした。

ただ、こんな事書きましたけど何となく感情的に「最後までスクールアイドルとして終わりにする」というのは全く分からなくもないような・・・モヤモヤしますね。
強引に好意的な解釈をすると、3年生卒業が差し迫ってきた段階で「時間が限られている儚いものであるのは仕方がない」「限られた時間、精一杯やったんだ」と穂乃果は気持ちを整理していたのかな、なんて私は思っています。

「SUNNY DAY SONG」のライブは実にラブライブらしい、穂乃果らしいフィナーレ

劇場版の中での2番目のライブ場面である「SUNNY DAY SONG」という歌のライブ、「みんなでやろう」という発想が実に穂乃果らしいですし、ベタですけど最後を締めくくるに相応しいフィナーレだったと思います。その後もう一回ライブシーンありましたけど(笑)

ただちょっと気になったのはモブがあまりにもモブな事。写真を撮るシーンだけでも、ちゃんとモブの顔を描き分けて欲しかった。
あとライブの目的からすると、同じ衣装を着るより制服のままでやる方が良かったのではないか、と私は思いますね。

「僕たちはひとつの光」

物語上も劇中でもμ’sの最後のライブ。うまく言えないのですがすごく良かった。各キャラのパートの歌詞に・・・という部分もベタだけど好きです。「ひとつの光」というのは輝いている一方、真っ白になって見えない=消えてゆくというイメージなのかな。

手描き絵からCG、CGから手描き絵にシームレスに切り替わる場面があって驚きました。ゲームのグラフィックのLODのポッピングみたいな感もなく、良く出来ていた。今までにこれは無かったと思います、フレームアウトしてから切り替わるのはありましたけど。

総評

最初にも書きましたけど全体のプロットは良かったと思います。
本文中ではあまり触れませんでしたけど、キャラの掛け合い・愛らしさはTVシリーズと変わらず萌えるし笑わせてくれるし、一方で真剣な悩みも展開する。この辺はTVシリーズと変わらず最後も「ラブライブ!」だった。それだけにモヤっとする部分があるのが惜しい。
ラブライブが好きなら観ておく価値はあると思います。
※追記 後で総評は書き直そうと思っています。

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